メディアつまみ食い

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菊池成孔さんより先に「BLUE GIANT SUPREME」を論評してみる

TBSラジオ「菊池成孔の粋な夜電波」で人気JAZZ漫画「BLUE GIANT SUPREME」を取り上げる(ちょっと触れる程度?)らしいので、この機会に自分の見解も述べてみたいと思います。後出しジャンケンと言われないように。

 

 

以前映画「ララランド」評で、菊池成孔さんの意見と自分の考えが一致するところがあったので(少なくとも自分ではそう思っている)、この「BLUE GIANT」も一緒かなあと思って、ちょっと先に自分の意見を書いておこうと思ったんです。

もし、意見が違ってたらこの記事、ソッコーで消します。

 

BLUE GIANTとは

「Blue Giant」がどんな漫画家というと、地方の高校生がジャズに目覚め、周りの理解が少ない中ジャズミュージシャンを目指して奔放するという内容です。やがて卒業して上京、東京でミュージシャンを目指すまでで「Blue Giant」は一旦終了。その後ドイツへ単身乗り込み知り合いもいない中孤軍奮闘する話が「Blue Giant Supreme」とタイトルを変更して描かれます。今は「〜Supreme」がビックコミックに連載中、単行本は2巻まで出てます、

つまり、ジャズ漫画です。

ちなみにkeinojiはジャズをたしなみます。ジャズ全般に聴くんですが、特に50年代、60年代のいわゆるビバップと言うやつが一番好きです。

そのkeinojiがこの漫画を読んで感じるのは、「なんとなく違和感」です。描かれているジャズに対する”違和感”。

それはもうまさに「ララランド」で感じた違和感と一緒です。2作品とも主人公がその言動から、50、60年代のジャズ、Be-Bopを信奉し、目指していることが分かります。「Blue Giant」はちょっとフリーが入ってるかな。ソニー・ロリンズがやっていたような。

で、「ララランド」の方は映画なんで音聞くと分かるんですよね。ジャズ観がずれてることが。

「Blue Giant」の方は漫画なんで音で判別できないですが、作品に連動したコンピレーションCDが出ていて、それに収録された曲をみてみると、ドバップです。もろもろビバップな曲しか入ってません。

 

「?」なところ

漫画の中にもところどころ「?」と思うところがあります。それをピックアップしてみると。


タイトルがダサい。


なんせ。BlueでGiantですから。言葉の選び方がベタすぎ。その挙句にSupremeですから。もうちょっとひねりはなかったのかと。初心者向けのベストCDのタイトルみたい。百歩譲ってコルトレーンを連想させるワードだなと思ったんですが、ロリンズですからね。ちなみに東京で組んでたバンドが「JASS」っていうのもちょっと・・・

 

田舎のジャズの描き方がステレオタイプすぎる


主人公宮本大は高校生でジャズに目覚め、理解者が少ない地方都市仙台で孤軍奮闘頑張るわけですが、実はジャズって地方の方が盛んでかつてジャズに夢中だった50代以上の人達があちこちでビッグバンドを組んだりしてコミュニティを築いています。そのおっちゃん達がジャズを好きになった若者を見逃すはずがなく、コミュニテイに引きずり込んでセッションとかで鍛えるわけです。


ベースレスの編成が淡々と描かれすぎ


東京で組んだバンドはサックス、ピアノ、ドラムのベースレストリオ。ジャズにはベースがない編成もありますが、それは相当特殊です。ベースがいるかいないかは相当重要。特にビバップにベースは重要なので、メンバーにベースがイないのはかなり議論になったはず。なのにこのへんの事情はさらっと描かれている・・・

この編成だとジャズファンはどうしても、フリージャズを連想してしまいます。山下洋輔トリオみたいな。主人公の練習や演奏描写もどうみてもビバップ的というよりフリー的な演奏をしているようにしか見えないし。でもイメージCDは”ド”ビバップだしなあ。

 

武者修行に選んだのがドイツ?


東京でのバンド活動がある事情で休止状態となり、主人公大は単身外国での修行を選択するのですが、そこで選んだ土地がなんとドイツ。
これは僕の認識不足かもしれないんですが、ドイツってそんなにジャズが盛ん?ヨーロッパジャズって大の目指している音楽と随分違うんじゃないか?ドイツ人みんな英語で喋ってるし。

その他、細かい点をあげるとキリがないのですが、そういうことを含めて何か違和感が残るわけです。

作者の石塚真一はジャズを聴かない人なのかなあと思いきや、ジャズが好きならしい。どういうジャズが好きでどれ位聴いているのか。しっかり聴いてみたい気がする。
「ララランド」の監督も、ジャズが好きで一時期ジャズ・ミュージシャンを目指していたらしいんですが映画を見る限りではその目指してたジャズは何なのかって思っちゃいます。

やっぱりジャズ観にずれがあるのは間違いない。

 

肝はジャズの多様化

 

ここからは僕の勝手な妄想なんですが、「ララランド」のデミアン・チャゼル監督と石塚真一さんに共通するのは、ジャズが好きということ。でも、その好きの程度が気になります。おそらくジャズはジャズでもビバップにはどっぷりはまってるんじゃないと思うんです。。なのにビバップを描いていることに問題があるんじゃないかなあ。

自分の周りで「ジャズが好き」という人と話をしても、なんかずれてるなあと思うことが多い。みんな今どきのクラブジャズやフュージョンからジャズに入ってきてて、ジャズ黄金時代のビバップは知識程度なんですよね。

実際どちらも世間一般的には評価が高いですし、これをきっかけにジャズを聴き始める人が増えているようなんで、それはそれでいいんですけどね。

 

※追記

放送聴きました。意外な展開。菊地さんは「Blue Giant」読んでないそうです。聴取者からの質問に答えた形ですが、疑問が一つ解消しました。

ジャズの修行にドイツは適しているか?という疑問です。

 

なんと菊地さんの回答は「適してる」。ドイツの路上や小さいバーで演奏している無名のミュージシャンのレベルがむちゃくちゃ高いそうです。逆にフランスは全然ダメだそうです。

 

これはおそらく現地に行かないと分からないことなので、「Blue Giant」もしっかり取材していたということになります。石塚さん、疑ってすみませんでした。